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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)5197号 判決

原告 株式会社平和相互銀行

被告 ファースト・トレーデイング株式会社

主文

被告は原告に対し金四十七万三千七百三十三円及びこれに対する昭和二十八年十一月十七日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金十五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、被告は、昭和二十七年三月七日金額金百万円、満期昭和二十七年四月十日、支払地及び振出地東京都港区、支払場所株式会社東京銀行新橋支店なる約束手形一通を訴外鳥居繊維株式会社宛に振出し交付し、原告は右手形の振出日にこれを右会社から白地裏書の方式により譲渡を受け、現にその所持人である。而して原告は右の手形をその満期の翌日に支払場所に呈示して支払を求めたところ、支払を拒絶された。

二、よつて、原告は右約束手形金百万円のうち金四十七万三千七百三十三円及びこれに対する呈示日の後である昭和二十八年十一月十七日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

被告の抗弁事実中鳥居貞次郎が鳥居繊維株式会社の代表取締役であつたこと本件手形が書換手形であることは争わないが、その余の点はすべて否認する。被告は本件手形が鳥居繊維株式会社から鳥居貞次郎個人に裏書譲渡され、同人からさらに原告に裏書譲渡されたものなるところ原告は恣に鳥居貞次郎の個人裏書を抹消したと主張するけれども、原告は鳥居繊維株式会社から同会社の原告に対する無尽契約による貸附金返済債務の担保として白地裏書の方式により直接取得したものであつて、右取得後鳥居貞次郎は右会社の手形保証人として署名したものなるところ、その表示が手形保証の表示として不完全だつたのと、一面既に鳥居は右会社の前記債務についてその連帯保証人となつており、又被告も満期に相違なく手形金を支払う旨原告に対し確約したので原告はこれを無用のものとして被告を通じ鳥居にその抹消方を依頼して抹消せしめたまでのことである。

かりに右署名により鳥居の裏書が為されたものとしても、既に該裏書が抹消せられている以上その抹消を何人がなしたか否かを問ず、該裏書は裏書の連続上存在せざるものと看做されかつ又原告において既に鳥居繊維株式会社から取得した後になされた鳥居の右裏書はもともと抹消されたものと同様存在せざるものと解すべきであるから被告のように右裏書が抹消されなかつたものと論ずることは全く無意味にしてこの裏書は原告の被告に対する本件手形金請求に何等の影響を及すべきでないのみならず、右裏書は保証の目的を以てなされたものにして、商法第二百六十五条は会社と取締役間の利害の衝突を避け会社の利益を保護することを目的とすることは疑なく、右のような趣旨の取締役個人の裏書をなすことを目的とする場合会社の利益にこそなれ何等その不利益とはならないから、同条に牴触せず従つてたとえ原告主張の如く鳥居繊維株式会社取締役会の承認を受けなかつたこととしても、取締役である鳥居貞次郎が本件手形を右会社から譲渡を受けたからといつてその譲渡は無効とはならない。

又本件手形はその書換前の手形の支払延期のため書換えたものであるが被告が本件手形の書換前の手形を所謂融通手形として鳥居繊維株式会社宛に振出し交付したものであるか否かについては、原告の何等関知しないところであるが、かりに原告が右会社から右の手形の裏書譲渡を受けるに当りそれが融通手形であることを知つていたことも被告は原告に対し本件手形金の支払を拒絶し得ないのみならず、手形債務者が融通手形であることを知つて該手形を取得した所持人に対して所謂悪意の抗弁を以て対抗できるとしても、原告は書換にあたつても本件手形金を被告から満期に相異なく支払う旨の確約を得て本件手形を取得したのであるから、右手形が融通手形であつて、原告の取得により債務者が害せられるが如きことを毛頭知らなかつたのであり、従つて悪意の抗弁を以て対抗される謂れもない。

と主張した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

被告が原告主張の如き約束手形をその主張の日に訴外鳥居繊維株式会社宛に振出し交付した事実は認めるが、その余の事実は否認すると述べ。

抗弁として、

一、本件手形は訴外鳥居繊維株式会社から、同会社の取締役である訴外鳥居貞次郎個人に白地式裏書により譲渡され、さらに原告は鳥居貞次郎から白地裏書の方式により譲渡を受けこれが所持人となつたものであるところ原告は、偶々右手形の鳥居貞次郎個人の裏書の上部欄外に鳥居貞次郎個人の捨印があるのを奇貨とし、これを利用して擅に鳥居貞次郎の個人裏書を抹消し、恰も該裏書がなかつたものゝ如く仮装したのであつて、その行為は手形の変造と見るべく、原告は手形変造者として手形上の如何なる権利をも有しない。

二、かりに手形変造者が手形上の権利を全く失うものではないとしても少くとも変造者は変造前の手形上の権利以上のものを主張することはできず、単に手形が変造されなかつたものとしての手形上の権利を主張しうるにすぎないというべきところ、鳥居貞次郎が鳥居繊維株式会社から本件手形の裏書譲渡を受けた行為はこれにつき同会社取締役会の承認を得なかつたものであるから商法第二百六十五条に違反し無効にして、これによつては、鳥居貞次郎は本件手形上の権利を取得し得ず、原告も亦右事実を知悉の上該手形を鳥居貞次郎から譲受けたものである以上本件手形上の権利を取得し得べき限りでない。かりに原告が取得当時右の事実を知らなかつたとしても、原告は銀行業者であり、かつ鳥居貞次郎個人が前記のように手形上の権利を取得し得ないことは手形面上明白である(鳥居繊維株式会社の裏書はその代表取締役たる鳥居貞次郎によつてなされており手形面を取締役会の承認があつたという記載なし)から、原告が右鳥居を手形権利者と誤信したにせよ、原告には重大な過失があり、従つて原告は本件手形上の権利を取得し得ない。

三、かりに右被告の各主張が理由がないとしても本件手形は所謂融通手形として被告会社から、鳥居繊維株式会社宛に振出し交付されたものであり原告は取得に当りこのことを知悉していたから、被告はこれを理由として支払を拒絶する。即ち被告は昭和二十六年十二月八日金額金百万円満期昭和二十七年三月七日支払地振出地東京都港区支払場所株式会社東京銀行新橋支店なる約束手形一通を鳥居繊維株式会社に対し何等対価を受くることなく、所謂融通手形として貸与し、同会社は右手形を原告に対する借入金返済債務の担保として原告に裏書譲渡したところ、同会社は右手形の満期が到来しても右借入金を支払えない状態にあり、かつ原告は該手形が融通手形であることを熟知していたので、鳥居繊維株式会社の前記借入金返済債務の履行を猶予するべく、右手形の振出人である被告と所持人である原告とが双方了承の上右手形を本件手形に書換えたものであつて、被告は本件手形が融通手形であることを知悉して取得せる原告に対し所謂悪意の抗弁をもつて対抗することができる筋合である。

よつて原告の本訴請求は失当である。

と述べた。〈立証省略〉

理由

一、被告が昭和二十七年三月七日金額金百万円、満期同年四月十日支払地振出地共東京都港区支払場所株式会社東京銀行新橋支店なる約束手形一通(甲第二号証)を訴外鳥居繊維株式会社宛に振出し交付した事実は当事者間に争がなく原告が右手形を現に所持していることは弁論の全趣旨に徴し明かにして、甲第二号証の第一裏書欄には、右会社名義の白地式裏書の記載が、第二裏書欄には、抹消された、外観上明かに鳥居貞次郎名義の白地式裏書と認むべき記載がそれぞれあつて、裏書の連続については、抹消された裏書は何人が抹消したかを問わず記載せざるものとみなされるから、原告は裏書の連続によつて、右手形の適法な所持人と推定される訳であるが、被告は原告が右手形の真の権利者にあらざることを主張立証して、権利の行使を拒み得るのであり、被告は原告が右手形の真の権利者ではないと抗弁するから、この点から判断する。

二、各第二裏書欄の記載の抹消部分を除き、その余については成立に争いのない甲第一、第二号証成立に争いのない甲第三乃至第七号証、並びに証人渡辺豊弘(第一、二回、但しいずれも後記信用しない部分を除く)、同佐藤尚友、同新原康助、同佐々木信義同鳥居貞次郎の各証言及び被告会社代表者訊問の結果を綜合すると原告銀行に対し鳥居繊維株式会社は無尽契約にもとずく給付金の返済として掛金払込債務を負担し、同会社代表取締役鳥居貞次郎は連帯保証人となつたが、同会社はなお右債務の支払担保とし被告会社の代表者である小園江太郎が代表者であつた公隆株式会社昭和二十六年十二月八日振出の金額金七十五万円満期同二十七年三月一日支払地振出地共神戸市支払場所株式会社神戸銀行本店なる約束手形一通と被告会社昭和二十六年十二月八日振出の満期、同二十七年三月七日、支払地振出地共東京都港区支払場所株式会社東京銀行新橋支店なる約束手形一通をそれぞれ原告に裏書譲渡し原告はそれらの所持人となつていたところ、右手形はいずれも単に信用を与える目的をもつて所謂融通手形として同会社宛に振出されたものであつたが、右各手形の満期日が迫り、原告から振出人に対し満期に手形金を支払うべきことを求めてきたので、被告は原告と交渉の上その承諾を得て原告より右右手形はそれぞれ振出人に返還し、これと共にこれに代えて、昭和二十七年二月二十九日、金額金七十五万円、満期同年四月五日、支払地東京都中央区、振出地東京都港区、支払場所日本信託銀行株式会社なる約束手形一通と昭和二十七年三月七日本件約束手形一通とをそれぞれ鳥居繊維株式会社宛に振出し、これらに各鳥居繊維株式会社代表者鳥居貞次郎をして白地式裏書をさせた上これらをもつてその満期に相違なく支払う旨の念書(甲第三、四号証)をそれぞれ添えて原告に交付し原告が右二通の手形を取得したこと、しかしながらその後鳥居繊維株式会社は事業不振で事実上破産状態となつたので、原告は取得した前記二通の手形の支払を確保するため右各手形に鳥居貞次郎個人の裏書を得ようと考えその満期の直前に至り、被告に右各手形を渡し、被告を通じて、鳥居貞次郎に対し、同人個人の裏書をなされたき旨の申入れをした結果、当時鳥居が病気中であつたため同会社の取締役であつた佐々木信義が、権限に基き右の申入に応じて右各手形の第二裏書欄にそれぞれ鳥居貞次郎個人の白地式裏書をしてこれらを原告に交付したこと、原告は右手形二通の所持人としてその内金額金七十五万円の手形をその満期である昭和二十七年四月五日に金額金百万円の本件手形をその満期の翌日である同年四月十一日にそれぞれその支払場所に呈示して支払を求めたところいずれも支払を拒絶されたのであるが、前者の手形は、そのまゝ呈示された結果鳥居繊維株式会社からその取締役である鳥居貞次郎個人に対する裏書譲渡につき同会社取締役会の承認がないとの事由で支払を拒絶されたこと、しかして本件手形については右呈示当時既に鳥居貞次郎個人の裏書は抹消されていたのではあるが、本件手形の鳥居繊維株式会社の裏書の上部欄外にも同会社代表者の印影があり、右裏書の抹消は右裏書欄の上部欄外に捨印として偶々鳥居貞次郎個人の印影があつたのを利用して右会社並に鳥居貞次郎の了承を得ることなしになされたものであること、従つて、本件手形は一旦右会社から原告へ裏書譲渡されたのであるが、その後に至り、鳥居貞次郎において隠れたる保証をするために、一度原告は本件手形を右会社に返還し、改めて同会社はこれを鳥居貞次郎に、鳥居貞次郎は原告へそれぞれ裏書譲渡し、以後これを変更するようなことはなかつた事実が認められ、証人渡辺豊弘の証言(第一、二回)中右認定に反する部分は信用せず他に右認定を覆すに足る証拠はない。然し乍ら右裏書の抹消がかりに原告の手によつてなされたとしても、これによつては本件手形に対する原告の実質的地位については何等影響を受けるものではなく原告は直ちに本件手形の正当な所持人に非ず本件手形上の権利を全く有しないと解すべき理由はないから、原告が変造者として手形上の一切の権利を有しないという被告の主張は採用し難く又鳥居貞次郎において隠れたる保証をする目的に出たにせよ、本件手形自体は、鳥居繊維株式会社から鳥居貞次郎へ鳥居貞次郎から原告へそれぞれ裏書譲渡されたものであること前記認定のとおりである以上、鳥居貞次郎が右会社から本件手形の譲渡を受けた行為は商法第二百六十五条にいう取締役が会社と取引をした場合に該当すると解すべく、証人鳥居貞次郎、同佐々木信義の各証言によればこれについては右会社取締役の承認がなかつたことが認められるから、右は商法第二百六十五条に違反して無効であり、従つて、鳥居貞次郎は本件手形上の権利を取得し得なかつたというべきも、原告はかゝる事実を知りながら本件手形を鳥居貞次郎より裏書譲渡を受けて取得したという点については、被告代表者は、原告が鳥居貞次郎の譲受の無効なることを承知していたという趣旨を供述するが、これによつては未だ直ちに原告の取得当時における悪意を認定するに足らず、その他これを認めるに足る証明がない。又鳥居繊維株式会社の裏書は白地式裏書ではあるが鳥居貞次郎の裏書が原告の希望によつてなされたことは前記のとおりであり、原告は当然本件手形の取得に当り、本件手形につき会社と取締役との間に裏書譲渡行為があつたことを知り得るということができるけれども、かかる場合であつても、取締役会の承認は手形面上又はその符箋に記載を要すべき事項ではないから、裏書譲渡が取締役会の承認なきため無効であるということは手形自体からは明白でなく、会社からその取締役たる個人が手形の裏書譲渡を受ける以上はこれにつき取締役会の承認を得て適法にしたものと思料するのが通常の状態であつて、手形の取得者において、たとえそれが銀行業者であつても、当該場合に特に取締役会の承認があつたことを疑わせるような事情がないときにまで、一般的に取締役会の承認の有無につき調査すべき義務を負担するものではないと考えられるから、直ちに、本件手形の取得に当り原告に重大な過失ありとはなし難く、その他原告に重大な過失があると認むべき証明がない。然らば原告が本件手形の真の権利者ではないという被告の抗弁はこれを容れることができない。

三、次に原告は本件手形を取得するに当りそれが所謂融通手形として被告会社から鳥居繊維株式会社宛に振出されたものであることを知悉していたから、被告は手形金の支払を拒絶すると主張するけれども本件手形が被告が単に信用を与える目的をもつて、所謂融通手形として昭和二十六年十二月八日同会社宛に振出した金百万円の約束手形の支払を延期する手段として、手形の書換の方法により被告が同会社宛に振出したものであることは既に認定した事実より明かなところであり、これを覆すに足る証明はないが所謂融通手形の振出人は被融通者より直接請求を受けた場合にはそのことを理由に手形債務の支払を拒絶し得るのは当然であるが、融通手形は被融通者によつて該手形が利用され、被融通者以外の第三者の掌中に入つた場合においては振出人は融通手形を振出した所期の目的を達したわけであるから、振出人はその手形の所持人である第三者に対してはその手形が融通手形であることを知つてこれを取得したと否とにかゝわらず、手形債務の支払を拒絶し得ないものというべきであるのみならず、原告が本件手形書換前の手形を取得した際それが融通手形であることを知つていたと認定できる証拠もなく、被告の右主張は理由がない。

四、然らば、被告は原告に対して本件手形金金百万円のうち金四十七万三千七百三十三円及びこれに対する呈示の日の後である昭和二十八年十一月十七日より完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、その支払を求める原告の本訴請求を正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 園田治)

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